GWが始まった。
前みたいに休日の前夜からブチかましたり、無茶をするような休日は独身時代に置いて来たので今これを書いている時でさえ、ありふれた休日に記憶が埋もれてしまって若干何をしたか思い出せない。
昨年はまさに転職真っ最中であったことと、嫁さんの悪阻がピークであったこと、現場が竣工間際でバタバタしていたことが重なっていて、一息つく頃には月単位で過ぎてしまっていたようなそんな気がする。
「季節を忘れるくらいいろんなことがあるけど」
岡本真夜のtomorrowの歌詞がピシャリと当てはまる。
2日(土)
この日は母の日のプレゼントを買いにショッピングモールに行った。
一昨年ぐらいから渡すようになったんだけども、普通にネタ切れ。
もう離れて暮らしていることから今何が好きなのか、何にハマっているのか、どんなものが欲しいかなんて分かるわけないし、過去の記憶しかないのが世間一般じゃない?
子供の頃はそこまで先回りしたプレゼントをしたこともなかったので、一周回って確かであろう常識に従って一応買ってはみるがどうだろうか。
今思えばウチはよく見るようなプレゼントをする文化があまりなかった…と思う。語弊を挽回すると、誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントは受け取ったが絵に描いたようなサプライズみたいなのはなく、家族全員大人になるのが早かったように思える。
兄姉がいたりするとサンタのカミングアウトも早くなるし、俺自身そんな物欲がないので中学の頃買ってもらったモンハン以降何か買ってもらった…みたいな記憶がない。ケーキとケンタッキーには囲まれていた。
そんな中で新たにプレゼントという文化を家族にもたらそうとしている。我ながら渡来人。
結局ハンディーファンを買った。万能だし。
3日(日)
この日は嫁さんの実家に行く予定だったのだが、自身の咳が止まらない症状に見舞われリスケ。急遽アウトレットに行くことにした。
あまり体調を崩すことはないが、崩すときはガッツリ崩す。しかし、病院に行くことは昔からしないので結局それが何だったのかはいつも分からない。
今回は1週間以上咳が止まらなかったのでガチで病院に行くか迷った。
喉のイガイガというより、さらに奥の気管支に問題があったような気がする。
服を見るのは好きだけど滅多に買うことはない。
アウターとか靴とかは結構金かけたいけど日頃のTシャツセーターなんかはGUで充分だと思っている。
あと機能性だけで言ったらワークマンは神。上下ワークマンの時さえあるぐらいワークマン推し。
例えば下記のアイテムとかはかなりおすすめ。



冷涼の無地半袖とか長袖とか。
シェフパンツとかも使い勝手が良く無難である。
冷涼は外はちゃんとしたシャツ着て、見えない中は冷涼とかそんな感じで使える。
値段が1500円で安いが、生地は普通。
正直ワークマンのTシャツとかってたまに生地がペラッペラで着心地が悪かったりする。白だと肌が透ける懸念もあるけど、これはしっかりとした素材になっている。
この日は結局何も買わなかった。
かろうじて何故かボタニカルシャンプーが半額以下で売られていたのでそれを買った。
4日(月)
確かこの日はインターバル的な意味を込めて、近場のスーパーで買い物をして終わった。
昼過ぎぐらいまで家でゴロゴロして、午後から買い物。夜夕飯を食べる。
昔はこんな一日の過ごし方は嫌だと思っていたけどまぁ一度こうなってしまえばそうなるようになるよね。
一年前の今頃はまだ現場にいたし、GW上等みたいなかたちで普通にGWも仕事していたので今年は随分ゆっくりしている。
5日(火)
この日は自分の実家に行った。
ドアを開け、五感が慣れたように息をし始める。親孝行の最終形は孫を連れて帰ること。
親が嬉しそうにする顔や夢中になる顔は、下から見上げていた年齢の時以来、何十年と見ていない。
(この人こんな顔するんだ.....)
どこか他人のような客観性を有しながら、自分の子供と親が触れ合うのを見て一通りの義務は果たしたような気がした。
正直俺は今この瞬間、目の前に広がっている光景を昨年からイメージしていた。もっと言うとそうあってほしい、またそんな一方的な願いを込めていた。それにちなんだ名前を付けたのだが、具現化するようにそうなったのだからホントに良かったと思う。
東北の雪山で明かりを見たときの安心感や東北道をひたすら南下して川口JCTからの灯り、バイクで仙台⇔大阪まで走った時の街の明るさ。どんよりした雲よりまっさらな太陽を見ると気分が晴れるように、夜道でも明るければ眠らないように、そんな想いを込めた名前にしたのだが本当にそうなった。




子を育てるという当たり前に満ちたことなのかもしれないけど、ほんま大変やで
6日(水)
3:30起床。
「しゃおらーーーーーー!!」
今日は朝から漁に行く日。釣り人の朝は早い。
前日に車に釣り具を乗せていざ出発。目的地には4時過ぎには着いていた。
ほんのりと空が明るくなるなか、ちゃぽんと波が護岸を規則正しく蹴る。

(いや、こいつら暇かよ.....)
人気の釣り場であるけども、既に人がごった返していた。
圧倒的にやる気がなくなる。数m....もっというと2m隣に他の人の竿が伸びているこの状況なかなか渋い。
さらにタチの悪いのがほんの数m空いているときでも容赦なく入ってくる。マジで。
「隣いいですか?」と一人に声をかけられ、了承するもグループ5人が入ってきたときはさすがに頭がおかしいと思った。
毎日来ているとされる高齢者は縄張りや常連意識がありこれまたダルい。
釣りは地方の方がいいと思う。

言うてこの日は25cmオーバーのコノシロが釣れた。
コノシロとは寿司でよく聞くコハダの出世魚のこと。しかも大人になると身が固くなり、骨が多いことから逆出世魚とも呼ばれている。
油で揚げると全て解決出来ることから適当に油にぶち込んで食べた。あんまり美味しくなかった。
昼前に戻り、今度は家族サービスで公園へ。
ハードモードだけどこれぐらい身体を動かしている方がいい。
海辺の公園に行った。珍しく動物が住んでいる公園。
そのあとは昨日忘れた母の日の贈り物を手に、再度実家へ。昨日に続いて子供を見せる。喜んでいた。
忙しくなればなるほど、分母は大きくなり確率は大きくなる。次来れる、もしくは起きる事象はどれくらいだろう。分母を増やす行為、増えることが成長だとちょっとばかり思う。
その分確率は下がっていく。数Ⅲまでやったし、数学は好きだった。言葉で片付けられないことは数字で置き換えると容易い。まぁ一言でいうと空き時間だったってこと。
夜は蒸し暑いような暖気と部屋の寒気が喧嘩をしていた。
7日(木)
この日は午前中は出張で午後は在宅というなの休みだった。会社的はGWということから有給推奨日であり、ほとんどの人は休み。
10時ごろに役所に行き必要書類を提出し、事務所でパソコンをカタカタとしながら職場の人と適当に喋っていた。
会社で仕事するのと事務所で仕事をするのでは大きく異なり、個人的には後者の方が好き。監視の目が圧倒的に少ないから。
ほんまこういうヘラヘラしながら仕事をしたいもんだ。
「じゃあ、そろそろ帰りますー!午後は在宅というなのサボりなので笑」
そんな軽口を叩きながら向かった先は、
そう、みんなご存知パチ屋である。
(サボりながら打つパチンコ最高ー!!)
ヘソに玉をカチコミ、ひたすら回していく。
「右打ち!!!!」

数千勝って、そのまま横の居酒屋に直行した。
(生きるの楽しすぎわろた…)
打って、貰った現ナマを隣の飲み屋で使う。
これこそ本当の地産地消である。
最近は仕事も家庭も忙しくて、自分自身の時間があまり取れなくて1人になることがあまりない。
でもまぁこんな時間は絶対必要であり、そんな時間があればあるほど自分にゆとりが持てると常々思う。
仕事に逼迫され、家庭に逼迫され、好きなことや好きな時間が取れずに抑圧されるとたまーにアイデンティティが欠損していくようなそんな感覚がある。
どれも自分なんだけれども、自分そのもののための時間が少なくて自分を確かめる時間があまりない的な。
だから今回のようなわろた時間はホント久々のようか気がした。
8日(金)
この日は旅行に行った。箱根。
箱根の思い出としては、まぁ数えるぐらいにはあるのだが今回は2つ。
一つ目は23歳の時の一人旅。

小田急に揺られながら、天山という名の温泉に行った。ここは温泉というよりも湯治という意味合いから基本一人で来ることが推奨、或いはルールとなっている。
この時はまだサッポロ推しだったからサッポロ。
9月生まれのことから残暑の残る夕暮れ前、役目を今にも終えそうな蝉の声をバックにビールを飲んだことを覚えている。
もう2つ目は19歳の頃、仲間で旅行に行った。
今思えばそんな時間は有限だったしもう帰ることは出来ない。でもまぁまたやりたいかって言ったらたまに飲むだけでいいかもしれない。

ウェルカムベビー宿みたいなのがなかなかないので、決めるのに時間がかかったがまずまずだった。部屋食、部屋に露天風呂が付いてると価格は6万を超えてくる。そこまでして旅行行く必要ある?ってクソ言いたかったが、言うと炎上しそうなので言わなかった。
ベビーカーを転がしている時に思うのが段差。
交差点の段差にカツっと当たり、ぬわってなるみたいな。あとは商業施設に行くとエレベーターは必須だけども、満杯で何度も見送るみたいな視点は今までになかった。バリアフリー法より車椅子の方でも乗り越えられるように交差点の街渠部分は2cmとされているが実際のところ乗り越えられないところは多々ある。ベビーカーも車椅子もなかなかに大変やで。
9日(土)
箱根から小田原へ。西湘バイパスを走り帰宅。
今日の夜からは友達と飲む予定だった。何度も出てくるコイツである。
2020 11/28-29 群馬野郎二人旅 - 気ままな旅行記
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夕方頃横浜で集合。基本俺は集合時間より早く着くので、待ち時間でパチンコ。

1000円ほどで万発が出た。今日のタダ飯タダ酒が決まった。
前回会ってから互いに結婚やら出産やらあったはずなのにそんな話題にはならず、ただただ何の話をしたんだろうな。2軒店を周ったがあまり覚えていない。
久々に焚き火をしながら、取り止めのない話をしてありえん量の酒飲みたい。


21年8月8日。俺らは何故か台風から逃げるように車を走らせていた。
せっかくの休みを台風に潰されたくないと、千葉の最南端に行けば合わないんじゃねとゴロ寝していた朝9時頃。俺らは30分後レンタカーに乗って、アクアラインに向かった。
暴風雨が過ぎた海岸線沿いとスパ銭。海鮮丼。
海ほたるに落ちる夕焼け。明日も休日だという事実と2人で空ける缶ビール。





書いているだけでもワクワクしてくる。
そんなワクワクとした日常が昔はあって、今は贅沢な悩みに埋もれているがやっぱりこうかましてる時がいっちゃん楽しいんだよなぁ。
別れ際、そこらへんのくたびれた警備員に携帯を渡して謎にツーショットを撮った。また会おう。
10日(日)
この日はGW最終日として家でゆっくり過ごした。
何もなく終わる日が嫌で何かを形に残して一日を終えたいと思っていた。何かを成すことが出来なければ死んでいることと同義であると。
我々大人はこれから失っていくことが多いことに対して、子供はこれから得てを続けて成長していく。何かをすることがなくても、子供にとっては何かを必然的に得た一日であったと勝手に思う。数ヶ月ながら体重は生まれた時の3〜4倍になっているし、出来ることが増え、表情も多種多様な増えていく。
自分にとっては何でもない日が子供にとっては何かを得た日なんだろうなと思うようになってから、別に外に出なくても、派手なことはしなくても、一緒にいることでそれが意味を成していく。
子供の時は21時を超えると無名の世界だったし、大晦日と元旦は特別の日だった。数年に一度、 雪が降ると外に出て遊ぶことが楽しくて、クラス替えの紙を貰って別世界の教室へ自分の机とイスを運びこれから何が起こるんだろうと思いを馳せた。
我々大人が普通になってしまったことが子供にとっては新鮮で楽しいと思う時間である。だから意味のない時間だと思っていた時間もきっとそれは意味のある時間だということを最近思う。
まぁバイク乗ってキャンプをして、釣りをするような以前のスリリングさを感じてみたいけどね。
今年のGWはこんな感じでした。ではまた。






















































































